日記

2年くらい前に、派遣のバイトをしていた。

はじめたきっかけは、極めて単純。とにかくお金がなかった。レギュラーで勤めていたバイトはブラックすぎてお給料をくれなかった。仕方なく他のバイトを探したりしていたけど、自分がこんなどたどたしてしまう人間、ってことをその時の私は今の私みたいに受け入れきれてなかったから、あわない接客業や飲食のアルバイトをして、メンタルもつぶれかかっていた。持病にもずきずききた。だから、お金をくれないレギュラーのバイトのほうが全然良いと思ってた。(このあたり頭働いていない)

派遣のバイトは、期間限定のもので、毎晩東京駅近くのオフィスビル?で送られてくる書類をまとめたり、整理したり、発送したりする仕事。期間限定って銘打って募集していたから、色んな人がいた。派遣によくいる百戦錬磨のおじさんみたいな人は勿論、私みたいな大学生もいたし、主婦の人や謎の雰囲気醸し出しているお姉さんとかもいた。だから、テキパキこなせる人もいたけど、私みたいなどたどたしちゃう人も結構いて、なんとかやれた。そして何より、派遣にしてはそこそこ良い給料がちゃんと出た。お金。

貧すれば鈍すを私はその時の経験から結構信じている。私は実家に住んでたからそんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど(衣食住はあるからね)例えば、ちょっと喫茶店でも、とか、ちょっと飲みにでも、が本当出来なかった。喫茶店の珈琲の値段見て倒れるほどにはお金がなかった。あと、やりたいことがあった。私は何故か全く興味のない分野を大学で学んでいたから、やりたいことにちゃんとむかえてないと死んでるのと同じだった。他になにもなかったし。

でも結局、夜働いて、朝大学行って夕方から夜まで飲食店やらで働いて、また夜中働いてって繰り返してたから、結局やりたいことはなにもできなかったのだけど。
ともかく、そんなこんなですべてがだめだめで、メンタル死んでて、眠くて、やりたいことできなくて、もうどうしようもないな、って気持ちで、派遣のバイトをしていた。

でもそうすると、面白いことに人は勝手に幸せを見つける。というか、めっちゃいっぱいごろごろ転がっていた幸福なことにどんどん気づいていく。びっくりする、本当だよ。はじめは逃避から入るのかもだけど、でもそうなんだ。
何かのって訳じゃなくて、やっぱり私は気質がおたくみたいで、最初に見つけたのはツイッターでだった。ツイッターは現実じゃない、みたいに言う人いるけれど、私は少しだけ違うと思う。あれは、沢山の現実で生きている人たちが少しずつ積み重ねた言葉が集まって、ちょっと不思議なものを作ってる世界だと思う。だいじなことは、その先にいる人がみんな生きている人間だっていうこと。それぞれの生活が、ことばの先にあるということ。
そんなの、とても当たり前でとても常識な事実なんだけど、私はそのことをわかっていたけど、わかっていなかった。そして、その時わかったんだと思う。
例えばその時、私が好きな歌手を好きな人をはじめてフォローした頃だったんだけど(言い方がわかりにくいけど、私にとって大事な言い回し)その人は、その人の夢(?)というかやりたいことに向かって全力で、まっすぐ向かっていて、その時やりたいことがあったのに全然うまくむかえなくてだめだめだった私は、それに勇気をもらって、勤務の合間に泣きそうな顔してツイッター見ながら、私もこんなんで負けない負けない負けないってなって働いていた。相手にとってはなにも関係がなくても、自分の心の沢山に存在する人がいるのは、おかしなことではないのだと思った。

いや、別に暗い話をしようと思って書き始めたわけではないの。ここまでが前振りみたいなもの。なのかな。
そんな風に元気をもらうと、世界に色がつく。みんなそれぞれの生活が、ものすごく愛おしくなる。遅刻して、いらついたつぶやきをしている人をみたときは、それまでだったら私もイライラしちゃってたかもだけど、その人の色々が見えてくるから、がんばれ、負けるな、いいことあれ!ってなる。ツイッターは、それの蓄積でできている。

そうすると、あるいている東京駅の風景が変わる。無機質だった人混みが変わる。歩いている人ひとりひとりの生活が、一瞬が、なんとなく見えてくる。コンビニのレジの人の人生のほんのひとかけらだけど、見える。もう生きてて関係ないものなんてほとんどなかった。

そうするとほんの少しだけ余裕が出てくる。相変わらずだめだめでお金はないけど、働きに向かう電車の中や、休憩時間に文庫本が読めるようになる。
そうすると、派遣先のおじさんが「なに読んでるんですか?」なんて話しかけてくる。そうすると、どうでもいい数々の愛おしいことを話す。おじさんは株をやっていること(あやしい!)。おじさんの好きな作家は折原一だってこと。(読もう読もうと思ってまだ読んでない。美味しいラーメン屋さんのこと。
私の同じ名字のお姉さんは、仕事を辞めてとりあえず働きに来ていること。とりあえずリハビリを兼ねて働いているんだということ。うまく人とやっていけるか不安なこと。(でも、とても素敵な笑顔だったのでだいじょうぶと思った私)
エレベーターの前ですれ違う人は、変な会釈の仕方をするということ。だけどみんなにめっちゃ気を遣っている優しい人なんだってこと。
メガネの大学生は山梨から出てきて、浦安に住んでいること。ニトリのバイトは時給がいいから、本当は夜勤じゃなくてもいいんだけど、もっと働きたいんだってこと。怖い顔のおばさんは、愛想が悪いだけで、めっちゃ仕事の手際がいいということ。関西弁のおばちゃんの息子は、私と同い年だということ。

派遣のバイトが終わるとき、私はなんだか悲しくなってしまった。退屈で疲れるお仕事だった。でも私はこの人たちともう二度と会うことはないんだろう。もう会っても顔もわからない。最後の日に夜勤明けに一緒にラーメンを食べに行った大学生たち。LINEは交換しなかった。


そこから徐々に、元気になったり、喫茶店に行くくらいのお金は手に入るようになったりしながら生活を続けている。ブラックバイトのお給料は結局入らなかつたけど、あの上司は生きていればいいなと思う。やりたいことはやったり、猛烈に挫折したりしながら、なんとなくまだかじりついている。久々の友達から連絡が来た。夢に向かっていたツイッターの人は変わらず一生懸命で、あなたの夢が叶いますようにと思う。その人の友達とも知り合った。気高くてかっこいいので憧れ続けている。ツイッターでは、風向きかなんだか多くの人と会うようになった。今まで会ったことのないような人に知り合ったおかげで、どたどたな自分があんまり気にならなくなっている。

坂本真綾の音楽を聴く。
"きみの哲学に触れたとき いちばん好きな自分になる" 本当にそうだな、と思った。人と話していたり、この人がこんな考えをしていて、こんな風な人で、知らないどこかを生きてきたんだな、とちょっとでも感じられたとき、私はとても幸福になる。そこにいる人々にとってはわからないようなとるにたらないことかもしれないけれど、私の幸福は私が決める。幸福は私が気づかないだけで街や生活のすみずみに隠れている。それは私にとってものすごく大きいことで、とても大切にしていきたいな、ともっと見つけたいな、と秋の終わり、普段は歩かない雨の中を歩きながら、そんなことを考えていた。

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